金子 斉一郎 Seiichiro Kaneko

音のさろん 金子斉一郎

〈プロフィール〉
2008年から東京の弦楽器製作学校にて弦楽器の製作と修理を学ぶ。これまでに国内の工房や大手楽器店等で研鑽を積み、近年オーストリア・ザルツブルグの「Muche-Elshek」工房にて弦楽器修理の仕事にたずさわり賛辞をいただく。プロアマ問わず多くの演奏者の楽器の修理・調整を行い、特にその音作りには定評がある。2017年に群馬県藤岡市で「山猫バイオリン工房」をオープン。2025年10月、高崎店をオープン。

音のさろん 金子斉一郎

金子 斉一郎 Seiichiro Kaneko
Violin (2023)
¥1,100,000

オールドやモダンの楽器は、決して寸法通りに作られている訳ではありません。左右非対称のものがほとんどですし、アーチも現在考えられているようなセオリーとは程遠いものが多いです。また、特にf字孔やスクロールは再現不可能な歪み方をしており、コピー製作において名人と言われる人たちでさえ苦心しているに違いありません。金子さんは、その非対称性や歪みに着目し、それをいかに自分の楽器製作に落とし込めるか、その難題に真正面からチャレンジしている稀有な製作家です。

しかし、金子さんの製作のコンセプトはコピー製作ではありません。あくまで新作の楽器を作ることが目的です。ですので、名器のデータを参考にすることはあっても、まったく同じアウトラインで製作する、極限までオリジナルに近づけたアーチにする、ということはありません。このヴァイオリンも、初めて見た人は「いったい誰の楽器がモデルなんだろう?何かのコピーかな?」と不思議に思うかもしれませんが、誰のモデルでも無いのです。

金子さんはオーストリア・ザルツブルクでの経験、さらに恩師である高倉匠さんのワークショップでの経験をもとに、少し形の崩れたドイツの楽器を再設計してこの楽器を製作しました。なだらかな肩のラインから、7/8サイズかと見紛いますが、ボディサイズは 35.5cm と寸法通りです。ネックの長さ、弦長も標準ですので、歴としたフルサイズのヴァイオリンです。表板は、かなり硬質の材料で製作されており、厚みもしっかりしているために骨太の音がします。それでいて、柔らかい。おそらく高めのアーチとオイル・ニスが効いているのではないかと思います。

音のさろん 金子斉一郎

裏から見ると、その独特のプロポーションがより印象的に見えます。こちらもサイズを測ってみるとC字の部分が少しだけ広いのですが、他の部分は標準です。ポイントとなる場所は全て基準通りに作っているのです。ヴァイオリンは、基準値から外れる楽器を作ってしまうと調整がうまくいかないだけでなく、そもそも演奏できない楽器になってしまいます。そこが、ヴィオラやチェロと違って難しいところです。(弓と同じですね)

基準値を外すことなく個性的なプロポーションを実現している、最も重要な部分がf字孔です。金子さんは、f字の上と下の目玉の位置を正確に定めた後、ほとんどの部分をフリーハンドで切り出します。明らかに左右非対称なのは、そのためです。弦長を決める重要なポイントである刻みの場所は、もちろん正確に定めてありますので、演奏上の支障はありません。こうして、ヴァイオリンの表情を決めるf字の形状において独自の世界観を実現しているのです。

弦は標準的なドミナントとゴールドブロカットの組み合わせ。(D線がシルバー巻)裏板も硬質の材料を使用し、厚みを残して削り出しているものの、弦を弾いてみると自然にスムーズな発音をしてくれます。美しく、丁寧に整形された駒も、一役買っていると思われます。ドイツのオールド・ヴァイオリンを想起させるスクロールは、さすがです。簡単に再現できるものではありません。このルックスにして、この音色。皆さんの予想を良い意味で裏切ってくれる筈です。ぜひ実際に弾いて、その音を確かめていただければと思います。


音のさろん 金子斉一郎

金子 斉一郎 Seiichiro Kaneko
Viola (2023)
¥1,210,000

こちらも個性的な外観のヴィオラです。ガスパロ・ダ・サロのモデルのようにも見えますが、もちろんそうではありません。サイズは、ちょうど 40.5cm。弦長が 37.2cm なので、ボディサイズの割に本格的な仕様です。先にご紹介したヴァイオリンと同じ年に製作された楽器で、ニスの塗り方が違うために色味がずいぶん違いますが、ドイツの古い楽器を再設計して製作していること、表板も裏板も硬質の材料を使用していることは共通しています。

表板にはヴァイオリンよりも木目の詰まった材料を使用、ドイツ人が好みそうな硬質の木材と思われますが、それでいてしっかりした厚みを残しています。特徴的なアウトラインから始まる隆起も、また特別です。エッジ付近は平坦ですが、中心部に向かってグッとアーチが立ち上がり、特にアッパーバウツ(ボディの肩の部分)の隆起が印象的です。f字孔の周辺もしっかりとした高さがあり、ボディ下部に向かって緩やかにまとめられています。

f字孔は、このサイズのヴィオラにしてはかなり小さいのではないかと思います。ヴァイオリンと同じく、上下の目玉の位置だけを正確に定め、あとはフリーハンドで切り出したと聞けば、左右の非対称性に納得ができます。表板の材質、そして厚み、アーチ、さらにこのf字孔により生み出される音色は、枯れた味わいのある音色と言って良いのかもしれません。ただ、奏者のボーイングの強弱によって様々な印象を与えてくれるようにも思います。

音のさろん 金子斉一郎

裏板は、まだらに濃淡がついたオイル・ニスの透明感が高いために、美しい虎杢のリフレクションと相まって、非常に表情が豊かで眺めていて飽きることがありません。アーチは表板より低く設定されており、隆起も滑らかです。裏板の方が、よりガスパロ・ダ・サロの楽器に近い印象を受けますが、それはヘッドの後ろ姿の影響もあるように思います。

スクロールはヴァイオリンと同じく、いやそれ以上に、新作では見たことのない独特の造形です。もし、このスクロール部分だけを見せられたら、ガリアーノ一族か、G.B.ガダニーニか、または1700年代にドイツで作られたものかと、本当に間違えてしまいそうです。ただ、スクロールの終いのところが、本当に美しく可愛らしく仕上げられていることに気付けば、これが古い楽器のものでは無いことが分かります。

パフリングが丁寧に嵌め込まれ、コーナーがキレのある面で仕上げられているところも、この楽器のアクセントになっています。大胆なアウトラインやアーチ、スクロールに目が入ってしまいますが、細かな部分で丁寧な仕事をしている点を見逃してはいけません。

弦はオブリガート。この楽器には、もっと強いテンションの弦が合うようにも思いますが、音色を重視するとこのセレクションが良いのかもしれません。ネックが握りやすく、楽器が程よい重さで扱いやすいところも大きな魅力です。

Made in Japan に戻る