〈プロフィール〉
4歳からバイオリンを習い始め、17歳から国内の工房にて弦楽器製作を始める。2006年、高校卒業後イタリアへ留学。クレモナ市の国立弦楽器製作学校(I.P.I.A.L.L. A Stradivari)入学。製作を Daniele Scorali、Wanna Zambelli、修理・修復を Claudio Amighetti、Alessandro Voltini、弓修理を Emilio Slaviero各氏に師事。卒業後、マエストロ Edgar E Russ(Sound of Cremona s.r.l.) の下で製作・修理アシスタントとして働きアンティーク仕上げの技法等を学ぶ。2014年、日本帰国。代官山音楽院バイオリンクラフト&リペア科にて2年間主任講師として教鞭をとる。2020年からジブリパーク青春の丘“地球屋”バイオリン工房の監修、楽器の製作を担う。
藤井 大樹 Oki Fujii
Violin (2024)
¥1,430,000
このヴァイオリンは2024年11月に製作されました。藤井大樹さんは、この年の10月に早稲田奉仕園スコットホール&ギャラリーで行われた現代ヴァイオリン製作家展示会に参加。普段は別々の場所で活動する同世代の製作家たちの作品に触れ、刺激を受けたそのままの気持ちでベンチに向かい、このヴァイオリンを仕上げました。
2006年にイタリアへ留学し、製作学校を卒業した後はクレモナ有数の実力を持つ工房で修行した藤井さん。小規模の工房では経験できない、数多くの弦楽器の製作・修理に関わることで培った技術が、後に若くして多くの弟子を育てることになる礎になったと思います。2014年に帰国後は、代官山音楽院で2年間教鞭を取りますが、この時の学生たちの多くが現在の日本の弦楽器製作・修理の現場を支える重要な人材となっています。
このヴァイオリンの製作期間は、わずか一ヶ月あまり。オイル・ニスの塗装技術が向上したとはいえ、驚異的なスピードです。展示会で受けた刺激が生々しいうちに、一気呵成に仕上げたということですが、それを実現できる技術の高さ、そして集中力は本当に素晴らしいと思います。このヴァイオリンは細部に至るまで一切隙が無く、弦楽器を知り尽くした職人が作り上げたものだということが一見して分かります。
モデルは、19世紀の大ヴァイオリニスト「ウジェーヌ・イザイ」が使用したガルネリ・デル・ジェスの楽器から型を起こしたもの。貴重な資料なども参考にしてアーチなどが再現されているそうですが、確かによく見ると表板がわずかに歪んでおり、f字孔も左右非対称です。パッと見ただけでは分からない様々な工夫が施されているのです。
裏板はポプラかと思うような幅広の年輪と、美しい虎杢が共存するメイプルの一枚板。タッピングすると、柔らかいけれども芯のあるしっかりした音が返ってきて、反応も非常に良いので驚かされます。このような大胆な材料を使用して、かつ高いレベルの楽器を仕上げてくる技術の高さ、そして経験値の高さに、驚嘆するしかありません。アーチは表板と同じく、若干の歪みを意図的に作り出しており、この楽器の持つ唯一無二の音色を生み出す大きな要因になっていると思います。
琥珀をベースに調合されたオイル・ニスから生まれる柔らかな質感も、このヴァイオリンが持つ大きな魅力です。オイル・ニス特有のマットな仕上げではなく、美しく輝きを放つニスは、ライティングの違いによって多彩な表情を見せてくれます。落ち着いたゴールデン・ブラウンの色調と、程よいアンティーキングからも、藤井さんの洗練されたセンスを感じることができます。
ガルネリ・デル・ジェスの特徴的なスクロールを、自分に中でしっかりと消化した上で具現化している点も見逃せません。わざとらしさを全く感じない、素晴らしい造形です。弦はペーターインフェルド(1弦のみゴールドブロカット)が採用されていて安定感と重厚感を感じますが、このヴァイオリンが持つ深みのある音色はどんな弦を張っても変わらず魅力的だと思います。