〈プロフィール〉
2000年高校卒業後、弦楽器BATOにて1年研修。2001年バイオリン製作学校「バイオリン工房クレモナ」入学。マエストロ岩井孝夫・鈴木郁子両氏に師事。2005年、同校卒業。同年、有限会社 Liuteria-BATOに入社。バイオリン・ビオラ・チェロを製作し、コンクールなどにも挑戦中。2011年、イタリアに3か月滞在。S.Conia氏に師事しました。
馬戸 崇之 Takayuki Bato 作
Violin (2024)
¥1,100,000
木目の細かい上質な木材を使って製作された表板が印象的なヴァイオリン。
表板に使用されているのは、イタリア北部が原産の「アベーテ・ロッソ」と呼ばれる木材で、比重が軽いのが特徴です。ピアノやクラシックギターにも使用され、明るく華やかな音色を生むことがよく知られています。このヴァイオリンも、余計な力を入れず素直にボウイングするだけで、明るく華やかな音色を奏でてくれます。
ガルネリ・デル・ジェスのモデルを採用しており、少し縦に長いf字孔も特徴的です。このf字孔の大きさや形状が、ヴァイオリンの発音に大きく影響しているという研究を最近知りましたが、このヴァイオリンが持つレスポンスの良さ、響きが幅を持って豊かに広がるイメージは縦長のf字孔から生み出されているのかもしれません。
アーチはややフラットで、ボディサイズは 35.8cm と少し大きめ。ただし、裏板などにも比重の軽い材料を使用していると考えられ重さは感じません。このアーチとボディから生み出されるパワーも、このヴァイオリンの持つ大きな魅力の一つです。弦はエヴァ・ピラッツィ・ゴールドを採用しており、この楽器の個性を引き出すセレクションだと思います。
裏板の杢は細かく非常に美しいリフレクションです。それ以上に、よく見ると夏目と冬目が詰まっており、製材の際にも正確にカットされた木材であることに気が付きます。とても慎重に選ばれた材料であることが分かるのです。
裏板のエッジがしっかりと立ち上がっているのも印象的です。ディーラーは年間にたくさんの楽器を目にしますが、パッと見た時の裏板の印象は楽器の良し悪しを見分ける際の大きなポイントです。裏板を見た瞬間に、イタリアの楽器(またはイタリアで学んだ人が作った楽器)だと分かります。馬戸崇之さんは日本で学び、日本で製作を続けていますが、先生であった岩井孝夫・鈴木郁子両氏の教え、さらには2011年にクレモナで名工ステファノ・コニアに学んだ経験が生かされているのではないかと思います。
ニスは2010年代にクレモナのモラッシ派が採用していたオレンジ・ブラウンの少し濃いめの色調です。2018年にジオ・バッタ・モラッシが亡くなり、2020年代に入ってからのモラッシ派の楽器はイエローが強くなり塗膜も薄いものが多い印象ですが、このオレンジ・ブラウンのニスは厚すぎず薄すぎず、美しく品格があり、最晩年の巨匠に率いられた製作家たちの作品を思い出させてくれます。
最後はスクロール。とても温かく、柔らかい曲線でまとめられています。少し横に広がったようにも見え、力強いというよりかは、優しい印象です。あえて面を立てないところに、馬戸崇之さんという製作家のポリシーを感じます。