馬戸 建一 Kenichi Bato

音のさろん 馬戸建一

〈プロフィール〉
1976年大阪生まれ。1994年大阪市立工芸高校木材科を卒業後、弦楽器BATOにて1年研修。1995年バイオリン製作学校「バイオリン工房クレモナ」(高槻市)に一期生として入学。楽器製作を学び、1999年 G.B.Morassi・G.Scolari・岩井孝夫・鈴木郁子諸氏のディプロマを取得。同年イタリアのクレモナにてS.Conia氏に師事。伝統的なクレモナスタイルを学びました。帰国後、工房を開設し2004年より有限会社 Liuteria-BATOにて勤務。製作・修理を行っています。

音のさろん 馬戸建一

馬戸 建一 Kenichi Bato 作
Violin (2021)
¥1,320,000

手に取った瞬間に、馴染みのあるイタリアン・ヴァイオリンを思い出させてくれる楽器です。主に1960年ごろから2000年ごろにクレモナを中心に製作された、私たち日本人がたくさん見てきたイタリアン・ヴァイオリンのことです。現在のイタリアでは、新たな知見や解釈、手法が取り入れられて様々な技術でヴァイオリンが製作されており、一様に語ることはできません。しかし、このヴァイオリンの持つ、力強いエッジやコーナーの仕上げ、美しく輝くアルコールニス、彫刻作品のようなスクロールは、20世紀後半のイタリアの楽器が共通して持っていた特徴と言えるでしょう。

表板には、イタリア北部が原産の「アベーテ・ロッソ」と呼ばれる木材を使用しています。イタリアではヴァイオリンなど弦楽器の他、ピアノやクラシックギターにも使用され、明るく華やかな音色を生むことで知られています。このヴァイオリンには、やや広めですが中心からエッジまで均等な木目を持つ木材が選ばれていて、明るさと華やかさだけでなく、パワーと反応の良さも兼ね備えた楽器に仕上がっています。

アーチは高くなく、特にf字孔まわりがフラットに感じます。ただし、指板下とテールピース下にはしっかりとしたアーチがあり、弦の張力と駒からの圧力を支えています。ストラディヴァリの典型的なアーチに近いと言って良いのかもしれません。このヴァイオリンが持つ特徴的な反応の良さは、このアーチからも生み出されていると思います。

音のさろん 馬戸建一

裏板はとても美しいリフレクションを備えた二枚板で、虎杢がV字型になるように作られています。よく見かけるのは山型の虎杢ですので、このような特徴的な杢は個性があって眺めていても楽しいです。表板とほとんど同じ間隔で夏目と冬目が入った年輪が確認でき、厳選された材料であることが分かります。軽くタッピングしてみると反応の良さが分かりますが、しっかりとした音が返ってくるので時間と共にさらに成長してくれる楽器ではないかと期待させてくれます。

ニスは明るいオレンジ色のアルコール・ニスです。艶やかで品があり、美しい木目だけでなく、見事に埋め込まれたパフリングや力強いコーナーも引き立ててくれています。スクロールは柔らかさと力強さを兼ね備えた美しさで、馬戸建一さんの師匠であるジオ・バッタ・モラッシやステファノ・コニアの楽器を思い浮かべてしまうのは、私だけではないと思います。

弦はトマスティーク社のヴィジョン・ソロですが、1弦のみラーセン社のイル・カノーネを採用しています。全ての弦をイル・カノーネにしたらどうなるだろう…などという想像をしてしまうのも、この楽器が持つポテンシャルの高さだと思います。


音のさろん 馬戸建一

馬戸 建一 Kenichi Bato 作
Viola (2017)
¥1,430,000

とても力強い印象を受けるヴィオラです。まず、ロワーバウツ(ボディの下の部分)が大きく、幅広い。ボディサイズは 41.2cm なのでそれほど大型ではありませんが、このボディ形状のため大きく感じます。アッパーバウツ(ボディの肩の部分)がスリムなので、演奏上の支障にはならないでしょう。ストラディヴァリのモデルを採用したということで、有名なマーラー(1672)などを参考にされたと思いますが、ストラディヴァリ型ヴィオラの長所をよく理解して活かしたボディ形状になっています。

表板にはヴァイオリンと同じくイタリア北部が原産の「アベーテ・ロッソ」を使用。中心からf字孔の刻みのあたりまでは非常に細かな木目で、その後エッジに向けて幅広になっていきます。エッジ付近の木目も冬目がしっかり入っており、とても良い環境で育った樹であったことが分かります。アーチは高くなく、ややフラットな印象を受けますが、横板が高い(コーナー付近で約39mm)ため容積は確保されています。大きさに見合った力強く、深い音を奏でてくれます。

このヴィオラを手にした時、力強さの次に感じるのが、見事に刻まれたf字孔の持つ美しさです。繊細な美しさではなく、クレモナで活躍した往年の名工たち(例えばガリンベルティやジオ・バッタ・モラッシ)の作品のように、力強さを併せ持った美しさです。パフリングを含めコーナー付近の仕上げも素晴らしく、とても高い集中力で製作されたと見受けられます。実は、このヴィオラには刻印が無いのですが(通常、馬戸建一さんの楽器にはラベル付近に刻印が施されています)お話を伺ったところ、製作コンクールのために製作されたヴィオラということでした。

音のさろん 馬戸建一

このヴィオラの裏板は圧巻です。まるで大海原の波を眺めているような、美しい虎杢です。製作コンクールのため、材料を厳選されたのではないでしょうか。これまでのキャリアで多くの楽器を見てきましたが、これほど力のある裏板を見ることは、そう多くはありません。コーナー付近は、表板と同じように高い集中力で仕上げられています。まったく隙の無い裏板です。

ニスはヴァイオリンに比べ塗膜が薄く、オイルニスで仕上げられていることが分かります。このヴィオラは、力強さと共に深く柔らかい響きを持っていますが、それはオイルニスで仕上げられているからだと思います。スクロールはボディやf字孔に勝るとも劣らず力強く、柔らかさを兼ね備えた明瞭な稜線を持っていてとても魅力的です。

弦長は現在(2025年7月)の駒位置で約37.1cm です。本格的なヴィオラをお探しの方にはちょうど良いサイズではないでしょうか。弦はトマスティーク社のヴィジョン・ソロを採用。安定感のあるバランスの良い弦ですから、このヴィオラの音色を試していただくだけでなく、可能性を感じていただくのにも適したセレクションではないかと思います。

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