
〈プロフィール〉
1979 岐阜県不破郡垂井町に生まれる
1997 高校卒業後、渡英
1998 Leeds College of Music にてバイオリン製作、及びクラシックギター製作を学ぶ
2000 Newark Violin Making School にてさらにバイオリンを追求
2003 同校卒業後、Neil Kristóf Értz氏に師事
2005 ノース・ヨークシャー地方の Hellifield にて工房を開き、製作活動に専念
2007 アメリカ ボストンの Reuning&Son、及びアナーバーの Jeffery Holmes Fine Violins とのコラボレーション開始
2008 国際的なヴァイオリン専門誌 “The Strad” に新鋭の製作家として紹介される。ベルギーのアントワープの弦楽器専門店 Pro Arte に工房長として招かれ、修理、修復、及び調整に携わる
2009 帰国。岐阜県垂井町で Atelier Kimura を構える
2010 絃楽専門誌『ストリング』でコラム『知っているようで知らない名器の逸話』を連載開始。2012年秋まで全25回を連載
2013 個展『音作りの裏側』を岐阜県池田町で開催。東京都渋谷区の弦楽器専門店KOTO にてオールドの調整に携わる
2015 国内初のヴァイオリン職人のためのワークショップ『みささヴァイオリンワークショップ』を企画・開催。第二回目となる個展『音作りの裏側』を岐阜県大垣市で開催。工房を鳥取県鳥取市に移す
2016 第二回『みささヴァイオリンワークショップ』を企画・開催
2019 工房を神奈川県川崎市に移す
2023 工房を東京都町田市に移す
木村 哲也 Tetsuya Kimura 作
Cello (2025)
Sold
弦楽器の仕上げには大きく分けて2通りの方法があります。1つはフル・ヴァーニッシュと呼ばれ新作イタリアンに代表されるアルコール・ニスを使った光沢のある仕上げです。もう1つがアンティーク・フィニッシュと呼ばれ使い古された楽器のように見える仕上げです。特に数百年を経過したオールド楽器の本物と見間違えるほどに精緻に再現する仕上げを「ディープ・アンティーク」と呼ぶとすれば、木村哲也さんは日本を代表するディープ・アンティークの製作家と言って過言ではありません。
2025年の年末に仕上がったこのチェロは、約6ヶ月の時間を掛けて製作されました。多くの製作家は、製作の合間に修理や弓の毛替えを行なったり、並行して何本かの楽器を製作することが普通です。しかし、木村哲也さんは自身が製作した以外の楽器の修理・調整は行わず、毛替えもせず、さらには同時並行で楽器を製作する事もありません。ただ6ヶ月間、このチェロとだけ向き合って過ごしたのです。
それだけの時間を費やすには、いくつかの理由があります。まず、チェロは大きな楽器ですので使用する木材も大きくなります。そのため製作途中だけでなく楽器が完成した後も、環境変化によって木材が動き楽器に歪みが生じやすいのです。製作途中に出来るだけ歪みを出しておいて完成後に動く余地を減らしておくためには、木材の動きを見極めて慎重に作業を進めていく必要があります。
次に、数百年を経過した本物のオールド楽器のように見せるためには、本物が経験したであろう経年変化を短縮時間とはいえ味わせる必要があります。割れや傷のように見えるものは全てフェイクですが、それは表面にあるものもあれば、一つ下のニスとニスの間の層にあるものもあるのです。オールド楽器も完成したばかりの時は均一のニスが塗られていた筈ですが、時間の経過とともにニスが剥がれ、割れが生じ、それを修理してまた使用し、またニスが剥がれ、割れや傷が生じてさらに修理を重ねる。そうした本物のオールド楽器が経験したであろう事を、順を追って再現していくのです。


最後に、楽器は形として完成して終わりではありません。製作家がイメージする音を奏でることが出来てこそ、本当の完成と呼ぶとすれば、木村哲也さんはその点でも徹底しています。このチェロは横板と裏板に「ポプラ」を採用しており、よく使用されるメイプルよりも軽くなる傾向があります。それを踏まえて板厚なども計算されて製作されているのですが、セットアップに関してもテールピースには重さのあるエボニー材のものを使用したり、逆に駒には反応の良いベルギー・タイプを採用したりと、工夫が凝らされています。いったん弦を張ってウルフ音の有無を調べ、テールコードの長さを厳密に設定し直すなど、奏者がすぐに楽器に馴染めるよう細心の注意を払って仕上げられています。


上の写真から確認できるのは、意図的に残された鉋の跡。モデルとなったオリジナルの製作者「ジュゼッペ・ガルネリ・フィリウス・アンドレア」が使用した道具、そして彼がその道具をどのように使っていたのかを研究し、再現しています。


ヘッドは横裏と同じポプラ材で製作されていますが、ネックには強度を考えてメイプル材を使用。継ぎネックが施されています。バロック仕様で使われていた時代を想像してペグ穴の修正跡があり、ヘッド裏にはボディ部分と同じくフィリウス・アンドレアが残したであろう鑿の跡が残されています。

楽器全体は非対称に製作されていますが、弦を張り正しく調整するためには楽器のセンターを明確にしておく必要があります。f字孔の上側のアイの位置のみ左右対称にすることで、楽器のセンターが分かるようになっています。

新作とは思えない唯一無二の存在感を放つ裏板のアーチ。木村哲也さん曰く、オリジナルの製作者がどうやって道具を動かしたかを具体的にイメージしながら削り出すと自然とこのアーチが生み出される、という事です。
(2026年1月31日)
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